年の瀬 小高 2021

2021年12月27日

年末恒例、小高へやってきました。
折しも大寒波襲来直前。行くか、止めるかさんざん迷い、えいやっと愛車のエンジンをかけたのがクリスマスの20時半。

早めに帰省する方たちの波に乗ったのか、常より混んでいる常磐道をひた走り、日付変わって午前1時に小高に着きました。

大雪は日本海側が中心と言っていたっけ。
さすがに日の出は無理そうだから、ちょっとゆっくり寝ようかな、と携帯のアラームを7時にセットしてお布団に入りました。

午前7時。

カーテンを開けると広がっていたのは、ほんのりした雪景色。
晴れているのに、雪。

不思議ですよね。でも晴れていたんです。
とっても明るいし、海側は青空が見えていました。

 

 

だれも歩いていない雪道って、なんかいい。
新聞の配達員さんの轍もないところを見ると、短時間で積もったのかしら。

とにかく今季初の雪に喜びを噛みしめましたが、寒がりの久米さんはシブいお顔。
ダウンベストにばんこ(半纏)、スパッツにニット帽ととにかく着込み、ストーブもエアコンも空気清浄機も扇風機もつけて、室内を暖めはじめました。

 

いくつかの用事を済ませ、ひと心地ついたところで「アップルパイ、作ったことある?」
ずいぶん唐突な、久米さんからの質問。
「ないです」
「冷凍のパイシートがあるから、作ってみよう!」

 

年末だからと言って特別なことは、さしてしない(笑)
通常運転の小高の日々。
おいしいバンビりんご団地のりんごを切って、レモンとシナモン、砂糖と合わせて火を通し〝フィリング〟を作りはじめました。

 

フィリングができたら、次の工程は「粗熱をとってからパイシートに広げる」。
出来たてアッツアツのりんごを冷ますのに、もっとも効果的な方法は。。。。

 
外に出す!
もはや雪はほとんど姿を消してしまい、キンキンに冷えた空気だけが残る庭にフライパンを突き出しながら、「寒いさむい」と嘆く久米さん。
0度の外気のおかげで、あっっっっっという間に湯気は消えました。

 

こうして久米さんとわたしの共同制作で、ともに人生初のアップルパイが焼けました。

 

シナモンがきいたトロトロしゃくしゃくのりんごが、口の中で甘ーく溶けます。
いくらでも食べられそうなおいしさでした。

 

おやつが終わると、いつしか帰る時間が近づいていました。
ガソリンを満タンにして、また350キロを走ります。

国道6号に出ると、日暮れ前の景色に行きあいました。

 

 

 

まもなく2021年が終わります。
1万頭のお蚕さまが来た6月、繭玉1,000個の袋詰めカウントに悶絶した7月、しばらくぶりの11月、年納めのごあいさつの12月。
ありがたいことに、いつも通りの1年を無事に過ごすことができました。

 

次回の小高行きを心から楽しみに、ゆっくり今年を振り返ろうと思います。

as usual

2021年11月22日

11月ももうすぐ終わり。

本格的な冬がくる前に、小高を訪れました。
淡くやさしい夕景が、小高駅の向こうに広がります。

皆既月食2日後の朝、澄み切った小高の空に登った太陽の対面に
「じゃあ、わたしは今から休みます」と、まだ、ほぼまんまる(に見える)のお月さま。


冷たい空気が頬に気持ちいい、冬一歩手前の、朝の景色です。
いつも通り-。

いつ小高に来ても、なにか特別なことがあるわけではなく、ただ普通に〝その日〟を過ごします。
りんごが美味しい季節だし、新知町までドライブしながら買いに行こうか。

 


たわわに実ったりんごの赤や銀杏の黄金色に目を奪われながら、小高に帰り着く目前で、桑畑をお借りしている佐藤さんご夫妻を訪ね
「分けてください」とおねだりしました。


鈴なりに実った柚子です。
お漬物に少し入れれば香りがいいし、柚子湯にすればあたたまるし。


高いところにある立派な形の柚子に手を伸ばすお父さん、「もっと右にいっぱいあるよぉ」と脚立を支えるお母さんの声援を受けて、
たくさん取ってくださいました。

手塩にかけた白菜に青梗菜、大根にネギなど抱えきれないほどのお土産をいただいて帰り着き、あとは久米家の台所でおしゃべり。

夕方5時から点灯するイルミネーションを見て帰ろうと決めていたものの、ぬくぬくと暖かい場所と時間を置き去りにして、
寒くて暗くなった外に出るのは、なんともさびしいものでした。

 

 

 

 

いつも通り、片道4時間半。
真っ直ぐな常磐道、くねくねした首都高、明るさに包まれる東名を走ってわが家に帰り着くと、
ついさっきまでいた小高は、「すぐそこ」くらいの感覚です。

なにも特別なことがなくてもいい。
なにも変わらないことを確かめて安心する。

いつも通りの小高がありました。

1枚も登場しないと皆さんさびしいと思うので、最後に久米さんの姿を。

イルミネーションの点灯式前に、同級生が集まって組んだバンドでキーボードを演奏する久米さんです。

小首をかしげて、一生懸命。
ジングルベルもいいけれど、「二人の銀座」や「シェルブールの雨傘」もなかなかどうして、イルミネーションとマッチしていました。

証(後編)

2021年6月25日

繭かきが終わってすぐ、今度は浮船の里の蚕部屋に戻り、繭玉を数える作業に取りかかりました。

佐藤さん宅から持ち帰った繭は、土嚢袋6つ分。
手前の土嚢袋に乗っている繭は、入居可能物件として案内された蔟(まぶし)に空き部屋がなく、
仕方なしに場外で営繭したお蚕さまが作ったもの。
この辺は完全に人間の采配ミスです、ごめんね。

できた繭は、100個ずつ袋に詰めて冷凍します。
小高い繭の丘を少しずつ切り崩しながら、汚れが目に付くものは取り除き、うっすらと絡みつくケバをむしり取り、ひたすら100を数える地道な作業。
土嚢袋5つで繭5,000個分をカウントしたところで、お昼になりました。

 

午後、作業再開からしばらくして、繭って卵に似てるね、という話題になりました。
すると里美ちゃん、「黄身と白身を分けようとしてるときに、くっついて全部ズルッとボウルの外に落ちちゃった時って切ないよねぇ」とポツリ。
久米さん「そうだねぇ。どうしようもないもんねぇ」
卵談義に一瞬花が咲き、また黙々と100の呪文を唱え始めました。

女性は並行作業が得意、と言われています。
手と頭で、同時に全然違うことができる、ということ。
他愛ないおしゃべりに茶々を入れながら、繭の山は低くなっていきました。
そして午後3時、山は更地になりました。


この時点で、100個入りの袋を10詰めて、1袋1,000個の繭が入っている計算になる土嚢袋は9つ。

手前のザルは、まだこれからケバ取りをするものや、汚れが目立つので除けた繭。
ざっと2つで1,000個くらいはあるんじゃないだろうか。
となると、出来た繭は10,000以上、と言う計算になります。

最終的な数の集計は、あすに持ち越されることになりました。
(疲れちゃったのです!みんな)
ゆえに、小田原に帰宅してブログを書いている時点では正確な数が未発表のため、こちらは確定次第、久米さんと里美ちゃんから改めてお知らせして貰うことにします。

 

お蚕さまが一生懸命に作ってくれた繭。
軽くて、ちょっとショワショワした感触の、不思議な心地です。
フォトジェニックな美繭を集めて、里美ちゃんの手のひらに乗せてパチリ。

きれいだなぁ。見とれちゃう。

 

向かって左は、極小繭。
右は親繭。親繭とは2頭の蚕が一緒になって営繭した、大きめサイズの繭です。

こちらは運命の相手だったのかな。固く抱き合って(でもちゃんと、親しき仲にも礼儀あり、で別々に籠もってます)営繭してくれたお蚕さまたち。

 

繭かきの時に佐藤さん宅で、親繭を一つ切り開いてみました。
糸でありながら、和紙をもう少し厚くしたような、しっかりとした質感。
そして、この時点で既に光沢があるのです。

そうそう、前編でお伝えした「一つの蔟(まぶし)がほぼ入居率100%」がなぜよくないかと言いすと、自分の部屋を求めてウロウロするお蚕さま、途中で少しずつ糸を吐きながら移動するそうなのです。
つまりいざお部屋を見つけて営繭をはじめても、ウロウロ時に吐いた分の糸長が短くなってしまい、収量にも影響が生ずるということ。
1頭だけならたいしたことはないのですが、あまりに場外営繭の蚕が多いと全体の収量が減ってしまいます。塵も積もれば、ですね。

 

こうして2021年の春繭は、すべての作業が終わりました。

土嚢袋に収まった繭玉は、おいしい桑をたっぷり食べて美しい絹の糸を吐き出した、お蚕さまの命の証。

そして10,000頭を育て上げるべく奔走した、久米さんと里美ちゃんの努力の証です。

 

 

いっときは激しく降った雨がいつしか止み、ふと見れば空にはうっすらと、虹。
最高のごほうびに心を満たしながら、浮船の里を後にしました。


(裕)

証(前編)

2021年6月24日

数日前に、東北も梅雨入りしました。
今朝の小高は澄んだ青空も一部広がりつつ、爽やかな空気です。

この広い空、だいすきです。
ただいま、小高。

さて、今日は「繭かき」。
営繭から10日が経ち、すっかり糸を吐き終わったお蚕さまを、蔟(まぶし)から外す日です。

入居率がほぼ100%の蔟。こんなにみっちりお部屋が埋まる状況は、過去にありませんでした。
これはちょっとよくない。なぜよくないかは、後編で説明します。

こちらは例年通り、脱走する蚕たち。

 

 

 


どこにいても、里美ちゃんの厳しい目は見逃しません。
これを見落とすと、あと4,5日後にはふわっふわの真っ白なモスラが登場することになってしまうから。
とりあえず今年は、目に付くところにばかり脱走してくれたので、ぜんぶ回収できました(はず)。

ちなみに脱走こそしないものの、なにもこんなところで営繭しなくても、と思うような蚕さんたちも例年通り。

一緒が良かったのね。

そして本当に小さくちいさく、お部屋の片隅に営繭したお蚕さま。
愛おしいです。

 

繭かきは、桑畑をお借りしている佐藤さんご夫妻に協力を仰ぎます。
90枚の蔟を積んで、一路佐藤さんのお宅へ向かいます。
今日が終わればことしの春繭はひとまず終了、と思うと自然とみんなの顔がほころぶような。
(そのくらい10,000頭の養蚕は大変でした。。)
浮船号の後部座席から、里美ちゃんと蔟を激写。

すぐに佐藤さん宅へ到着しました。

繭かきの前には大事な作業があります。営繭の途中で力尽きたお蚕さまを探して、先に取り除くこと。
これをしないと繭を取り出す機械の中で蚕が潰れて、他の繭を汚してしまうのです。

 

蔟を光に透かしてチェックする里美ちゃんの横顔は、真剣。

 

整列した繭も、ここで見納め。

 

佐藤さんご夫妻です。
公一さんが蔟をマユクリン(機械)に入れ、ヨシ子さんが取れた繭を袋に詰める。
さすが、抜群のコンビネーションです。

 

最後なので、自称ブログ担当もちょこっと登場させていただこう。
自慢のたくましい上腕二頭筋(で合ってるかな)にモノを言わせて、繭の詰まった土嚢袋をヨイショ!

といいながら、実は全然重たくないのですが。。

 

こうして繭かきは無事に終わりました。
その後は、楽しみにしているお茶っこの時間。
ヨシ子さんお手製のきゅうりのお漬物とおせんべいを囲んで、お疲れさま会です。

最後までやってくれました、久米さん。
里美ちゃんによると去年もやっていたそうですが、長椅子の端っこに一人で先に腰掛け、自重でひっくり返りそうになり、絶叫!
大笑いしながら写真を撮って、あとで見返してまた笑う。
両手ですがりつく久米さんに対し、冷静に腕を貸す里美ちゃん。

繭かきに同行した小高区役所のKさんとYさんも、びっくりしながら大笑い。
二人で一緒に座りましょ、ということを、来年はちゃんと覚えているといいね、久米さん。

ひとまずここまでで前編終了です。
繭はいったいいくつ出来たでしょうか。
浮船の里に戻ってのカウント結果含め、お楽しみは後編へ!

 

(裕)

捧げる

2021年6月15日

月曜日、蔟(まぶし)に移動してもらったお蚕さまの様子を覗くと、営繭(えいけん)が始まっていました。

養蚕でいちばん興味があるのが、営繭の観察。
糸を吐く様子を見るのは、本当に飽きません。

まだ、丸い繭のかたちができる前の薄さ。

 

かたちができ始めてきました。

 

黙々と糸をはくお蚕さま。
通常は蔟(まぶし )の一部屋ごとに作ってもらうのですが、今年もいました。場外に営繭してくれるお蚕さま。

蔟(まぶし)を天井から吊る作業をしようと、うんちとおしっこ用に敷いていたダンボールをペラッとめくったら。。。

なかよく場外営繭です。

 

ねえねえ、きみは一体、どこに繭をつくるんだい?

 

 

ぼくはみんながよく見えるように、お部屋の外に。

 

 

わたしも、外がよく見えるように、明るいところで。

 

 

ぼくはちょっと出遅れちゃったから、みんなの様子を見て、営繭の仕方を勉強してから始めるね。

 

 

9つの蔟(まぶし)がすべて天井から吊られて、床をお掃除してひとまずこれでひと段落。

1週間後には、立派な小高育ちの春繭が完成します。

 

土曜の桑刈り、日曜の上蔟、月曜のお掃除。
怒涛の2日半でした。
そしてお蚕さまだけに捧げた2日半。
たった2日半のお手伝いで疲労困憊したのですから、毎日お世話をしていた久米さんと里美ちゃんはいかばかりか。

 

ニュースも新聞も、ほぼ見なかった小高での時間。
お蚕さま一色の生活は、貴重な経験になりました。

 

(裕)