5000分の10

2022年9月21日

台風に突っ込むように小高から帰宅する道中、生まれて初めて助手席に大好きなひとを乗せていました。

いや、ひとじゃない。
久米さんから「おうちで育ててみたら」と勧められ、10頭の蚕さんを預かってきたのです。

叩きつけるような雨で最速のワイパーも役に立たず、怖い思いをしているドライバーの隣で、選ばれし10頭は静かに振動に身を任せていました。

小高の蚕さんの小田原暮らし2日目、先頭切って1頭が早々と脱皮しました。
写真中央にいる、頭が右を向いている蚕の左横にある、薄い茶色の物体が脱皮後の皮です。

 

 

とにかく順調に育っておくれ、と願いながら、帰宅後のわたしは東奔西走しています。
なぜか。

 

桑がない。

あるのですが、おいしそう、かつもらって良さそうな桑がない。
この時期の桑の葉がゴワゴワとかたいのは仕方ないにしても、道端に、桑がない。
どなたかの畑の中であったり、生えていても葉っぱが散々カミキリムシに喰われたあとだったり。

見つけたのが、海へのトンネルの入り口にある1本でした。
余談ですが、台風後の小田原の海、とてもきれいです。

そんなことより、桑。
そしてもうひとつ心配なのが、蚕さんたちの食欲。

とってもおとなしい。
あんまり食べない。

朝、とりたての柔らかそうな葉をあげたときに初めて3頭同時に桑を食べました。

でも後にも先にも、同時に3頭も食事をしたのはこの時だけ(同居生活が始まって、たったの2日半ですが)。
蚕さんの活発さがない。

なんでなの?

心配で心配で、日に何度も久米さんにメッセージを送ります。
その都度、
「大丈夫」
「食休みじゃない?」
「5齢になるまでの準備期間だから、もう少しゆっくり見てて」

5,000頭のうちの、わずか10頭。
されどこの10頭の蚕のいのち、本当に重みがあるのです。

浮船の里の蚕ベッドに密集している5,000頭を前にしている時は、1頭1頭と向き合うことはありません。
でも自分の目の前にいる10頭は、ひとりひとりの顔が、体が、よく見えるのでもう、大事で大事で。

あすにでも小高へ送り返したい気分ですが、久米さんの言葉を信じて、もう少し待ちます。
そして明日もまた、桑探しに奔走せねば。

こんなに重大な任務を背負わされると思ってもみず、今となっては台風直前に桑刈をしていたときに撮った笑顔の久米さんの写真を、ひとり恨めしく見つめています。(ゆ)