台風に突っ込むように小高から帰宅する道中、生まれて初めて助手席に大好きなひとを乗せていました。
いや、ひとじゃない。
久米さんから「おうちで育ててみたら」と勧められ、10頭の蚕さんを預かってきたのです。
叩きつけるような雨で最速のワイパーも役に立たず、怖い思いをしているドライバーの隣で、選ばれし10頭は静かに振動に身を任せていました。
小高の蚕さんの小田原暮らし2日目、先頭切って1頭が早々と脱皮しました。
写真中央にいる、頭が右を向いている蚕の左横にある、薄い茶色の物体が脱皮後の皮です。
とにかく順調に育っておくれ、と願いながら、帰宅後のわたしは東奔西走しています。
なぜか。
桑がない。
あるのですが、おいしそう、かつもらって良さそうな桑がない。
この時期の桑の葉がゴワゴワとかたいのは仕方ないにしても、道端に、桑がない。
どなたかの畑の中であったり、生えていても葉っぱが散々カミキリムシに喰われたあとだったり。
見つけたのが、海へのトンネルの入り口にある1本でした。
余談ですが、台風後の小田原の海、とてもきれいです。
そんなことより、桑。
そしてもうひとつ心配なのが、蚕さんたちの食欲。
とってもおとなしい。
あんまり食べない。
朝、とりたての柔らかそうな葉をあげたときに初めて3頭同時に桑を食べました。
でも後にも先にも、同時に3頭も食事をしたのはこの時だけ(同居生活が始まって、たったの2日半ですが)。
蚕さんの活発さがない。
なんでなの?
心配で心配で、日に何度も久米さんにメッセージを送ります。
その都度、
「大丈夫」
「食休みじゃない?」
「5齢になるまでの準備期間だから、もう少しゆっくり見てて」
5,000頭のうちの、わずか10頭。
されどこの10頭の蚕のいのち、本当に重みがあるのです。
浮船の里の蚕ベッドに密集している5,000頭を前にしている時は、1頭1頭と向き合うことはありません。
でも自分の目の前にいる10頭は、ひとりひとりの顔が、体が、よく見えるのでもう、大事で大事で。
あすにでも小高へ送り返したい気分ですが、久米さんの言葉を信じて、もう少し待ちます。
そして明日もまた、桑探しに奔走せねば。
こんなに重大な任務を背負わされると思ってもみず、今となっては台風直前に桑刈をしていたときに撮った笑顔の久米さんの写真を、ひとり恨めしく見つめています。(ゆ)
9月19日朝。
昨晩は台風の影響で風が強く吹いていました。
この様子では日の出はとても期待できないであろうと思ったものの5時に目覚しをセット。
カーテンを開けるとどんよりと暗い空が広がっていました。
5時半起床で桑畑に行く予定だったので、出発まで15分ほどだらだらとベッドに横たわっていると。。。
東の空が、ほんのりと薄紅色に染まっていました。
あぁ、油断したな。
たかが朝焼け、されど朝焼け。
美しい空は、今日という一日の始まりを前に気持ちを鼓舞してくれる効用があると思うのです。
朝一番の桑を食べてもらおうと蚕小屋に行くと、昨晩8時にたっぷりあげた桑の葉は
こんな状態になっていました。
小枝もすこぅし太くなった気がします。
さらっと桑の葉をあげただけ、たったの10分くらいの滞在だったのに、やられました。
久米さんのエプロンの胸元に、白く動くモノ。
ふと見た足下と、外履きの甲の部分にも、いました。
油断ならぬ。
どうやってくっついて来たのかしら。
計3頭のお蚕さまがしれっとベッドから抜け出したところを発見され、「こらこら」とベッドへ戻されました。
いったん帰宅し、今日最初の大仕事、おはぎづくりです。
昨日、佐藤さんのおかあさんにいただいた小豆を、久米さんがおいしく煮てくれました。
佐藤さんからはお手製のずんだのあんもいただいて、きれいな二色のおはぎが完成。
手作りって、どうしてこんなにおいしいのでしょう。
小豆のつぶれ具合も甘さも、ちょうどいいあんこで、ぺろりと食べてしまいそう。
おいしく出来たおはぎを佐藤さんご夫妻へのお土産にして、桑畑に繰り出しました。
蒸し暑いなか、最初はどんより曇っていたのに次第に晴れ間が出てきて、雨具を着たわたしたちはじっとりと汗をかくほどに。
すばらしい生育ぶりのためあっという間に欲しい分だけ刈れた桑を浮船号(軽バン)に積み、お蚕さんのところに戻りました。
今度ははっきりと、昨日よりも大きくなったと感じます。
そして、なんか、多くない?
5,000頭と言われて貰ってきましたが、例年の5,000頭よりも明らかに多いような。。
次に会う時はチョークくらいに大きくなっているかしら。
台風から逃げてきたはずなのに、また台風のなかへ帰ります。(ゆ)
台風から逃げるように、小高に来ました。
なんってったって昨日、秋のお蚕さまが浮船の里にやってきたのです。
これは会いに行かない訳にはいきません。
春に続き、5,000頭。
起きて4齢の蚕は、チョコレート菓子の小枝にそっくり。ちいちゃくて、かわいいのです。
久米さんと、朝一番で桑刈りに行きました。
春は生育に気をもんだ桑の枝、今回は大が100個つくくらいの成長ぶり!本当に美しい若緑の葉が高々と生い茂り、いくらでも蚕に食べてもらえそうな姿で安心しました。
今日の小高は、台風の影響もあってか蒸し暑い一日でした。
汗をふきふき桑を刈ります。
そうそう、この秋はクワコによく出会います。
クワコとは、野生の蚕さん。おおまかなシルエットは家蚕と同じなのですが、色が明らかに違います。
見つければ桑畑に置いてくるのですが、葉について帰ってくることもあったりして。
真ん中がクワコです(囲まれちゃって、ちょっとイチャモンつけられているみたい。。笑)
新鮮な桑をたっぷりあげて掃除をして、わたしたちもひと休みしてから小高のまちを飛んで歩いていると、桑畑を貸してくださっている佐藤さんのおかあさんの姿が見えました。
声を掛けたら、始まったのはミニ講習会。
丁寧に、桑の枝を伐る場所、伐り方、葉の残し方を教えてくださいました。
あっという間に一日が終わり、夕方6時半、寝る前のご飯タイムで蚕小屋を訪れたときにふと思いました。
こうして何年も同じこと(数は異なるときもあるけれど、6月と9月に約5,000頭の養蚕)をしているはずなのに、どうして毎回新鮮な気持ちでいられるんだろう。
目の前にいる蚕さんたちとも「初めまして」なら、ここにいる自分自身の心持ちも違う。
わたしたちはいつも新しい毎日を生きている、ということなんでしょうか。
明日になったら、小枝からどのくらい成長しているかしら。
さわさわそよぐ桜並木の葉の音を聴きながら、久米家の台所で新しい明日に思いを馳せます。(ゆ)
小高の街に、3年ぶりの開催に沸く野馬追の旗が掲げられました。
3週にわたる小高通いの、最終コーナーです。
1週目、お蚕さまのお世話。
2週目、上蔟。
今回は、繭かき。
美しい春繭ができそうだ、ということは先週お伝えしました。
さて、全部完成したかしら。。。
蚕小屋の天井に吊られていた蔟はすべておろされ、床に置かれたカンボジア方式の蚕ベッドが、静かにそこにありました。
乾燥した桑の葉の裏やベッドの枠に、できてる、できてる。
大小さまざまな、お蚕さんたちの努力の勲章が。
(左手前のほうにひょろっとある、細長い白いものの正体はのちほど)
こんなちっちゃい繭もありました。
蔟から繭を外す「繭かき」は、そのシーズンの集大成といえる作業です。
毎年大活躍の繭とり機「マユクリン」の稼働を前に、佐藤さんのおとうさんとおかあさんの指導のもと、繭チェック。
日の光に透かして、薄くて弱い繭や中でお蚕さまが力尽きた繭などは事前によけます。
ブイーーン!と勢いよく動き出した機械に蔟を送り込むと、一つずつになった繭がポンポンと飛び出してきます。
そして機械の反対側からは、羊毛のようなほわほわの塊。
繭づくりの時に蚕さんたちが体を固定させるために張り巡らせた最初の糸などが、こちらです。
無事に繭かきが済み、こちらも毎年楽しみなお茶っこの時間も終わって、浮船の里に戻ってきました。
ここからは良繭を100個ずつカウントしながら袋詰めする作業です。
できました、2022年の「マウント繭」(命名byはるかさん)!
カンボジア方式で営繭してくれた蚕さんたちの作品も、丁寧に取り出しました。
たくさんの美繭のなかで、やっぱりいる、いる。個性派の子たち。
こちらは最小サイズと最大サイズの比較。
「親繭」と呼ばれる、2頭の蚕が一緒に営繭したものや、今年のベスト・オブ・美繭(個人的感想)などを手のひらに乗せてみました。
今年できた春繭は、約4,500個。
桑の成長に気を揉んだり、暑さに参ったりしながらも、いい繭がたくさんとれました。
4週間蚕さんたちを守ってくれた蚕小屋をお掃除して、すっかりきれいにすると、あぁ、無事に終わったんだなとちょっとしんみり。
養蚕期間中に浮船の里を訪れてくださった方々、片付きましたよー!
さてさて、冒頭のカンボジア方式の蚕ベッドの写真で、左手前に写っていた細長い白いものは、、、
毎年かならずいる、繭にならない子。
新しい桑の葉をあげたら、そっと食んでいました。
いいよ、いいよ。
あなたにはあなたの「今日」がある。
この蚕さんにはこの蚕さんの人生が、わたしたちにもわたしたちの日々が、流れます。
今年の養蚕のお手伝いのごぼうびに、久米さんが、手作りのヘアゴムをくれました。
小高産の繭で織った生地から作った、この世に一つだけのゴム。
うれしいな。
桑畑は、秋の養蚕に向けて佐藤さんご夫妻が早速お手入れを始めてくださいました。
先週の上蔟のあとに、残っていた枝葉をぜんぶ落としてから1週間。
すでに新しい芽が出てきています。
浮船の里は、9月にふたたび秋のお蚕さまを迎えるまで、すこぅしゆっくりいたします。(ゆ)
蚕さんたちが一生懸命に糸を吐いている木曜の朝は、美しい朝焼けでした。夢の中にいるひとも、起きて写真を撮っているひとも、まだ桑を食べている蚕さんも、もう真っ白い繭を作り上げた蚕さんも。みんなを等しく包み込む、小高の朝です。
蚕部屋も朝から30度近い熱気に包まれるなか、毎年恒例の光景が。
蔟から遠く離れた床で営繭。
蔟は蚕の重さで回転するので、もしかしたら振り落とされてそのままここで繭づくりに踏み切ったのかもしれません。
個室の外で営繭。
快適(はなず)な個室完備なのですが、型にはまりたくない蚕さんたちが集まったのかしら。
この場所だけが混んでいるので、なにか魅力があったのかな。
ほぼお部屋に入ったお蚕さんたちですが、まだ桑を食べているマイペース組もいます。
いいよ、いいよ。好きにやって。
最後には繭になるもんね。
思わずそんな言葉をかけたくなる姿。
蚕部屋に満ちる、糸を吐きだすショワショワショワショワという音も、あと2,3日で静かになるでしょう。
火曜から始まった繭づくり。
個体差があるので、2日遅れでスタートした蚕たちは、まだ薄い衣越しにその姿を見ることができます。
帰れないんだよなぁ。。。
いつまででも見ていられる、営繭の様子。
今年もお蚕さんたちに会えてよかった。
桑畑の佐藤さんご夫妻のお元気そうなお顔を見られてよかった。
後ろ髪ひかれながら、そろそろエンジンをかける時間になりました。
(ゆ)